引きつづき大田原地区のこと。雪の日雑記。
1.
前回の記事で、ここ大田原地区について「しずかな山里」と書きました。それで、わたしがこの場所に暮らしはじめた、あの何年も前の春のことをふと思い出しています。
これから住みはじめるふるい家に通って、あちこちの修繕や片づけをしていたときのことです。淡い陽の射す縁側でひと休みしながら感じたのは、ほっと息をつきたくなる山の静かさでした。といっても、なにも音がしないわけではありません。耳をすましてみれば、峰をわたる風は木立を揺らし、名前を知らない野鳥がさえずっています。田畑で働くいくつもの機械がエンジンをうならせ、道端で交わされるお喋りの声も聞こえてきました。
それでは、この静かさはなんだろう。
引っ越し荷物の中にあったたくさんのCDやレコードの荷解きをあとまわしにして、しばらくは山里を満たす静かさに耳をかたむけていたのでした。
2.
今日は昨夜からの雪が明け方までつづいていました。
こんな朝は風の音もなく、しんと張りつめて沈んでいくような空気です。未明の暗がりのむこうから除雪車のエンジン音が近づいてきて、やがてまた降る雪の彼方へ消えていきます。
休日のおそい朝ごはんを終えるころにはうす日が差しはじめました。こんどは景色がいちめん雪にかがやいて、なんだか気持ちも華やぎます。そりを持ちだした子どもたちの声が、雪景色の中にひびきました。
3.
お昼すぎには4歳の子どもを連れて、ごきんじょさんの家にお茶をよばれに行ってきました。
90歳をすぎた人生の大先輩ですが、わたしたちが移住してきてから家族ぐるみで仲良くしていただいています。100年をこえるふるい建物には、その家に暮らしていたご先祖さまの息づかいも染みこんでいそうです。
――いくらか(雪が)解けましたね。
「ああ、きょうはなんだかいいようだね」
――これ、いただきものですけど、狭山のお茶と東御のくるみ。
「まあそりゃおごっそう。こっちにあがっとくれ」
――(子どもに)お邪魔しますっていうんだよ。
「おじゃましまーす」
この地域のむかしからの暮らしや仕事のことは、こんなふうなお茶の席やお酒の席で地元の方に教わってきました。
「むかしはさ、いまほどいい田がなかったから」
――ええ。
「あの山のうらっかえしまで、田をつくってただよ」
――それだって、今みたいに軽トラあるわけじゃないですよね。
「そう、しょいこでなんでも運んでた。ガーデン(トラクター)も部品バラして籠車を担いで運んだもんだわ」
奥さんとは、野菜づくりや料理の話で盛りあがります。
――きょねんはまあ、大豆がまるっきり駄目で。
「ほんとにそうだね」
――花豆もぜんぜん実にならなかったとか。
「うん、どうなっちゃうだかねえ」
――うちも暮れにたくあん漬けてみたんですよ。
「地大根のはまだ食べられないでしょ」
――そう、でも総太りから食べはじめてます。だけどなんか水っぽくて。
「こっちの西洋かりん、あまく煮て冷凍したのだけどちょっと食べてみて」
そのうちお茶をしていることを聞きつけて、うちの小学生ふたりもやってきました。
「こんにちはー!」×2
「さあお前らもお茶飲んでけや」
お茶を飲みながらのお喋りはあちらこちらをたゆたいながら、やがてこの地域のふるい暮らしのことが中心になっていきました。
「むかしはいっしょうけんめい働いても、3升5合の米しか買えなかった」
――それはいちにちで?
「そう、それも技術のある大工で3升5合。魚や肉だってたまには買わなきゃいかんしね」
――はぁ~。
「そのころは肥料もなかったから米もたんとは(たくさんは)とれなかったけどな」
――山の草を刈って入れるのが肥料だったとか。
「そうだよ。いっぺん代掻きしたあとに、みんな草を叩っこんで、田を真っ青にしなけりゃ2度目の代は掻けなかった。他所の田の幅を刈れば怒られたもんだ」
「はっはっは」
――牛や馬の堆肥は?
「そりゃ毎日運んだもんだよ。牛の背に、かるこってのを着けてな。それが(道の)幅が狭いもんで、あちこちぶつかって」
――そりゃたいへんだ…。
――むかしはこのお宅もくず屋根(茅葺き)だったんですよね。
「そう。そのあと、おら家のおやじの弟が、馬喰やってて、でかく(たくさん)儲けて。そのゼニで大工に屋根の支え板の工事やらせたもんだ。北海道行って。貨車で黒い牛つれてきて」
――はあ。
「一時期はそれでむらじゅうで黒牛飼ってたもんだよ。だからこの辺の馬喰とはちがってた。みんなそれで牛使って代掻きやるようになった」
――へえ、くろうし。
「でかく儲けて、それでこの家の支え板の工事やったってことだわ」
(子どもが)「チョコレート食べてもいい?」
「あぁ食べな食べな」
――ちゃんとありがとうするんだよ。いっぱいもらってよかったなぁ。
「ありがとー」
そんなこんなでゆっくり話しているうちに、気がつけば日の傾く時間になっていました。
――ごちそうさまでした。またお邪魔します~。
「また話しに来とくんな」
地域の方と話すたびに、ここに住みつくまでは想像もしなかったような、山里の暮らしの奥ぶかさに触れるような気がしています。こたつでのんびりお茶をいただきながら、お喋りを楽しんだ冬の日でした。
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この記事を書いた人:移住者ライター ヨコヤマタケオ
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